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映画道を極める一直線女子の裏話

愛子による「映画道を極める一直線女子」の裏話ブログです。こぼれ話や感想などを書いていきます。

東映の系図の宿命と女優の苦しみを乗り越えて

三田佳子 佐久間良子 里見浩太朗 千葉真一 梅宮辰夫 北大路欣也 松方弘樹 両御大 片岡千恵蔵 市川右太衛門 波多伸二 無宿シリーズ 中村錦之助 高倉健 岩下志麻 越後つついし親不知 次郎長三国志 人生劇場 鶴田浩二 大奥 おんな太閤記 大河ドラマ

 


東映の系図の宿命と女優の苦しみを乗り越えて~里見浩太朗千葉真一、梅宮辰夫、北大路欣也三田佳子佐久間良子松方弘樹が異なる部分 後編>

 

この記事は映画道を極める一直線女子 松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件の裏部分の後編です。

 

前回↓

松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件の奥底 - 映画道を極める一直線女子の裏話

 

 

東映の系図の宿命>

 

東映は松竹などに比べると圧倒的に両御大(東映を事実上、1から形成し黄金期を形成した2大スター・片岡千恵蔵市川右太衛門)の系図が絶大であり、男の俳優が強いため、松竹や大映のように女優が主演で活躍するのが困難な状況が存在していました。逆に裏返せば、男が強いのが東映映画のよさでもありました。

 

特に1970年代後半までは女性映画があまり作られませんでした。その苦しみともいえる中で佐久間良子はある程度の結果を残したといえそうです。

 

 

 

三田佳子編>
ですが、三田佳子の映画時代はデビューのころから苦しみました。相手役の波多伸二の事故死に見舞われるなどのエピソードは有名です。

 

三田佳子東映を形成した大スター俳優の片岡千恵蔵と共演しています。片岡千恵蔵の無宿シリーズの『アマゾン無宿 世紀の大魔王』、地獄シリーズ『地獄の底をぶち破れ』、『裏切者は地獄だぜ』、ギャングシリーズ『ギャング忠臣蔵』などの現代劇は助演の出演作(全体的に1960年代前半)でした。

 

また、中村錦之助の『冷飯とおさんとちゃん』、1960年代中盤になると高倉健の『昭和侠客伝』、『日本侠客伝』、『昭和残侠伝』などではヒロインもありました。自分の主演の代表作はほとんど成功せずに、人の代表作への出演が多数でした。ここで挙げている冷飯とおさんとちゃん』の他は東映の現代劇の女優でもあったので現代劇映画でした。

 

1980年代のテレビ時代の映画低迷期の突入してからようやく、『Wの悲劇』や『別れぬ理由』、1990年代の『極道の妻たちシリーズ』(全般が岩下志麻のシリーズへ1作のみ主演)などの映画でもいくつか代表作に恵まれました。まさに苦しい時期を乗り越えての一時期の成功だったのかもしれません。

 

 

佐久間良子編>

佐久間良子はデビュー当時は苦しみましたが、1960年代に入ると比較的に成功を収めています。

 

1963年『五番町夕霧楼』や1964年『越後つついし親不知』、同年『肉体の盛装』など単独主演でもいくつかの代表作があるため、東映の映画時代(1950~1970年代ほどの現代劇の主演女優では上位の活躍したといえそうです。時代劇映画では1970年『大奥(秘)物語』はのちの東映の大奥ドラマなどへ影響も存在している部分が考えられます。

 

佐久間良子鶴田浩二の代表作の東映版『次郎長三国志シリーズ』などの時代劇にも出演していますが、出演の多くは現代劇が中心でした。佐久間良子はプライベートでも付き合いがあったといわれる鶴田浩二と『人生劇場シリーズ』の共演ももちろんですが、1950年代後半から1960年代に掛けて片岡千恵蔵の地獄タイトルなどの『ギャングシリーズ』や時代劇でも共演が多くありました。この2名から男の俳優というものを共演で学んだはずです。

 

ここで挙げているものでは『大奥(秘)物語』(主演)と『次郎長三国志』(ヒロイン的な役柄)のほかはどちらか言えば現代劇に該当するものです。

 

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 佐久間良子の代表作のひとつと称される作品が『五番町夕霧楼』です。1981年のドラマ主演の代表作の大河ドラマ『おんな太閤記』だけではなく映画時代の活動も知っていただくとさらに深く理解できるかと思います。

 

 


里見浩太朗千葉真一、梅宮辰夫、北大路欣也三田佳子佐久間良子松方弘樹が異なる部分のまとめ>

 

前回から2度にわたって取り上げてきました、松方弘樹と比較的に近い時期のデビューしたこれらの俳優たちは松方弘樹よりも映画においては現代劇か、または時代劇に偏った活動でした。

 

松方弘樹の映画の活動は現在は助演の部分のみであり、さらに表で取り上げていこうと思いますが、現代劇と時代劇である程度のバランスを維持したまま活動してきた部分も評価すべき点といえそうです。