映画道を極める一直線女子の裏話

愛子による「映画道を極める一直線女子」の裏話ブログです。こぼれ話や感想などを書いていきます。

戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 知られざる大重鎮の山本嘉一

 

 

”戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 知られざる大重鎮の山本”と題して進行させていただきます。

 

 

映画道を極める一直線女子 霧に消えた130作の伝説監督の辻吉郎と映画スター河部五郎の合鍵を更新させていただきました。

 

 

 

戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 大重鎮の山本嘉一のその前に

 

 

今回はレジェンドはある程度の意味ですが、それを上回る伝説の映画監督の辻吉郎と日活の時代劇黄金期の一翼を一時的に担った映画スターで名優の河部五郎とを軸にして、互いの部分と二つの関連を中心に取上げました。

 

他には、ジュリアン・デュヴィヴィエ 尾上松之助 牧野省三 日本の映画評論家のパイオニア 田中純一郎 大谷鬼若 新撰組 地獄に落ちた光秀 大谷鬼若 中村吉十郎 大河内傳次郎 清水次郎長 血煙荒神山 荒木又右衛門 谷崎十郎 山本嘉一 水戸黄門 海江田譲二 沓掛時次郎 坂本龍馬 海援隊 新興キネマ 黒田記代 フランスビック5 フランス5大巨匠 修羅八荒 浅香恵之助 清水次郎長 原田甲斐 放浪一徹男 義に鳴る虎徹 近藤勇 虎徹  阪東妻三郎 嵐寛寿郎 尾上菊太郎 髑髏銭 近藤長次郎 女の階段 千葉泰樹 江川宇礼雄 花柳小菊 吉屋信子 片岡千恵蔵などについて取上げています。

上記の”更新させていただきました”のリンク先から見られます。

 

 

戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 大重鎮の山本嘉一

 

 

*大谷鬼若(おおたに きじゃく)は、1912年から1929年頃まで剣劇映画を主に出演し、220作以上の映画に出演した名優、尾上松之助が存命時代の助演俳優が中心でしたが、ちょくちょくある松之助の相手役や多くはありませんが主演作も作られていました。

 

尾上松之助=1909年頃から日活の前身の一つの横田商会の時に頭角を現し、映画会社の日活が創立した1912年から1920年代の中盤(亡くなる1926まで)にかけて、日活や同時に日本の映画スターのトップとして君臨した日本初の映画の大スターであり、サイレント時代の日本映画の中でもっとも国民的な映画俳優でした。忍者要素のある「忍術映画」や「忠臣蔵」、「水戸黄門」など多彩な代表作を残しました。

 

 

*中村吉十郎は、尾上松之助の剣戟映画が中心の助演や脇役俳優、1917年から1927年までの映画出演、100作以上の映画に出演していたと考えられます。『地獄に落ちた光秀』は数少ない主演作です。歌舞伎俳優の二代目中村吉十郎の初代中村吉右衛門の門弟とは別人だと考えられます。

 

 

 

 

目玉の松ちゃん―尾上松之助の世界 (岡山文庫 (178))

目玉の松ちゃん―尾上松之助の世界 (岡山文庫 (178))


松之助だけではなく、眼力が魅力だったことも影響して”目玉の松ちゃん”の愛称でも呼ばれた現存するさまざまな写真など尾上松之助の存在が浮き彫りにされています。

 

 

 

日活一筋のベテランの大スター山本嘉一と巨匠たちや後輩たち

 

 


*山本嘉一(やまもと かいち)=1917年頃から剣劇映画、時代劇映画が中心の日活(東京の向島)で、日活を代表する現代劇映画側のベテランスターとして活躍、当たり役「乃木将軍」を1918~1937の間に6作で演じる。

 

さらに1926年の尾上松之助の死後をきっかけにベテランスターの穴埋めや若手俳優の育成も兼ね、1926年からのちの剣劇映画や時代劇映画、歴史劇などに出演(京都撮影所)が急増、時代劇の出演作の後輩に大河内傳次郎片岡千恵蔵など多くの映画スターが存在しています。

 

時代劇映画時代は「水戸黄門」題材の映画で水戸光圀を5度、「忠臣蔵」の題材映画には死後に改修されて公開されたものも含めると11作に出演、忠臣蔵映画の吉良上野介は、改修作、総集編などを含めると10作近くが存在する当たり役、さらに大久保彦左衛門を片岡千恵蔵が主演した『一心太助(1930)』、『一心太助(縮刷版)』などの4作で演じました。その他は主演の単発代表作をいくつか残しています。

 

 

 

日本映画傑作全集「天晴れ一心太助」 主演 榎本健一 轟友起子 佐伯清監督作品 VHSビデオソフト (キネマ倶楽部) (キネマ倶楽部)

日本映画傑作全集「天晴れ一心太助」 主演 榎本健一 轟友起子 佐伯清監督作品 VHSビデオソフト (キネマ倶楽部) (キネマ倶楽部)

 

片岡千恵蔵の『一心太助(縮刷版)』は個人的に録画していますが、DVDの商品化はされていないようです。榎本健一の『天晴れ一心太助』は商品化されています。榎本健一片岡千恵蔵の影響大きく受けた俳優でした。上記に轟友起子とありますが=正しくは轟夕起子

 

何故なら東宝の喜劇時代劇映画自体が片岡千恵蔵1920年代後半からの明朗時代劇映画やナンセンス時代劇映画の形成や牽引、さらに喜劇映画の要素などの面で多大な影響を与えています。ここが重要ですが、片岡千恵蔵は明朗時代劇やナンセンス時代劇、喜劇要素だけではなく、控えめな正当な時代劇映画の演技や独自なドスやしゃべりを駆使した原作のある時代劇映画の演技でも大きく成功しました。

 

 

尾上松之助片岡千恵蔵はもちろんのこと、山本嘉一に関してもまだまだ再評価される部分が数多く存在しています。