映画を極めろ一直線女子の究極裏道

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生涯無職映画監督が日本最初の巨匠の大ファンで作った忍術映画の深層

 

 

映画を極めろ一直線女子【生涯無職映画監督伝説】無職を生涯貫く行き生き天国 森紅 を公開いたしました。

 

 

 

今回は「【生涯無職映画監督伝説】無職を生涯貫く行き生き天国 森紅」と題して展開、Cinema: Lost and Found 2018 大分県の別府 兵庫県の神戸 個人映画特集:2 森紅・服部茂作品集、紅丸、東京国立近代美術館のフィルムセンター 発掘された映画たち2018  森紅 別府のお父さんに逢ふて来ます 服部茂 私の子供 忍術三太郎 トークショー 忠臣蔵映画 牧野省三 可燃性フィルム 9.5mmパテ・ベビーのフィルム 生涯無職映画監督 忍術映画 瀬戸内海 村上水軍 わろてんか 朝ドラ 連続テレビ小説 葵わかな 瀬戸内海賊物語 興行収入5100万円 LA EigaFest 2013の招待作品 LA EigaFest 大森研一 松竹の実写映画を登場させています。

 

 

 

 

2018年の連続テレビ『わろてんか』や主演の葵わかなと1920~30年代に活動した幻の映画監督の森紅を結びつけるという斬新な記事に仕上がりました。独自な90年近い落差です。

 

 

 

 

 

せと刺織り Setouchi 瀬戸内 小銭ケース (水色)

*味のある感覚で描かれた瀬戸内をモチーフにした貴重な絵

 

 

 

 

さらにこの記事においては、「生涯無職映画監督が日本最初の巨匠の大ファンで作った忍術映画の深層」と題して裏通りを展開していきます。

 

 

 

 

 

生涯無職映画監督が日本最初の巨匠の大ファンだったからこそ作った忍術映画

 

 

 

森紅は個人映画特集:2 森紅・服部茂作品集の7作目に上映された『忍術三太郎』(1927、監督名は森紅と別ではもっとも多い服部茂の名義)が存在しています。この映画は8分ほどの現代劇ですが、忍術映画の要素を持つ映画を残しています。

 


忍術映画といえば牧野省三(別名義で多いのがマキノ省三)が1910年代に作り出したのちの時代劇と称される大ジャンル内の分類一つです。

 

 

 

時代劇のジャンルは軽く数十から数百以上

 

 

時代劇映画には先人たちの血の努力によって形成された多くのジャンルが存在していますが、現在はその多くが消えつつあります。

 

数日後ののちの公開予定⇒

 

森紅の『忍術三太郎』や牧野省三に得意としたジャンルの一つが忍術映画の時代劇やその要素が該当します。忍者映画の時代劇とは関連はありますが、忍者=忍術を使わないケースも多々あるので基本は異なります。

 

 

牧野省三×尾上松之助と森紅

 

日本初の映画大スター尾上松之助と組んで大成功させた題材の一つが忍術映画であり、子供たちに大流行した証拠が多く残され、日本映画の初の年間観客動員1億人の到達に大きく貢献したと考えられています。確認できるデータによると牧野省三の人気が世間に定着、成熟した頃の1920年前後には、日本映画の年間観客動員は1億人を越していたと考えられます。

 

 


牧野省三×尾上松之助は忍術=忍者は必ずではないものの、忍術や忍者映画題材などの時代劇映画やテレビドラマにも引き継がれたり分散し、主にのちの数十年にわたって大きな影響を与えました。牧野省三×尾上松之助は、他にも忠臣蔵題材や水戸黄門題材、大久保彦左衛門題材、殺陣で魅せることを軸とした剣戟映画、相手に何らかの遺恨を晴らすことに重点を置いた仇討ち映画、1950年代から1960年代の日本映画最大の黄金期に隆盛を極めることになる、時代劇のオールスター映画の確立などジャンルの確立や初期の牽引を行いました。

 

森紅も子供の頃に子供たちに流行したといわれる、いわゆる「第一次忍術ブーム」を生で経験し、影響を受けてたと考えるのが自然なことでしょう。

 

 

 

検閲官の語る映画史 ――サイレントの時代: 付・戦前における 違法わい映画の実態

検閲官の語る映画史 ――サイレントの時代: 付・戦前における 違法わい映画の実態

 *牧野省三も登場

 

 

 

 

ストーリー映画『忍術三太郎』と後の代表作のドキュメンタリー映画や秀作のドキュメンタリー映画

 

 


『忍術三太郎』(1927)の中で劇中で男性が突然に消えたり、突然現れる描写に挑戦しています。ストーリーの展開や描写、俳優の演技の付け方、編集術、起用した俳優のほぼ素人であり、映画の内容は残念ながら評価できる名作や秀作級ではありませんが、森紅が牧野省三の影響を受けたことが伺い知れる意味がある、重要な映画だと考えられます。

 

 

 

ドキュメンタリー映画は上映6作目の『私の子供』が1930年代のバルセロナの短編映画際にノミネートされた事実や個人的に視聴した判断などから、当時のアマチュア映画監督の一級クラスだと考えられますが、ストーリーが伴う映画『忍術三太郎』などは残念ながら素人レベルに近いと感じてしまいました。

 

 

 


今回「個人映画特集:2 森紅・服部茂作品集」で上映された森紅(服部茂)の作品群

 

・森紅名義
『今日の佛事』 7分 1930 ドキュメンタリー
『納骨の日』 10分 1930年代初頭 ドキュメンタリー
『別府のお父さんに逢ふて来ます』 14分 1930頃 ドキュメンタリー *記事はじめのリンク先で登場
『寂光』 13分 1930頃 ドキュメンタリー
『森紅小品集』 4分 1932 ドキュメンタリー

・服部茂の名義
『私の子供』 6分 1934 ドキュメンタリー *今回の記事で触れる
『忍術三太郎』 8分 1927 時代劇要素を持つ現代劇  *今回の記事で大きく登場
『學生スポーツ劇 若き日』 15分 1927 現代劇
『彌次喜多 散歩の巻』 6分 時代劇要素を持つ現代劇 1928
『喜劇 ホイホイ先生 海岸の巻』 4分 製作年不詳 現代劇
10
『さくら』 4分 1938  ドキュメンタリー
11

  *↑ わかりやすく展開するために弧の記事にも載せています。

 

 

素人レベルに近いことは致し方ない部分があります。何故ならこの『忍術三太郎』や學生スポーツ劇 若き日が作られた1927年は、森紅(服部茂)の映画製作の初期ともされ、製作の経験が浅いときなので、誰かの模倣(マネ)をして映画製作の経験を積むことも必要でした。どんな名匠や巨匠でもカメラに触れたばかりの最初はただの素人です。森紅も同様でした。

 

経験を積みたいと考えた、そこに当時の時点で世界最多の400作以上の映画を残していた大巨匠の牧野省三の存在が彼を突き動かしたのでしょう。この映画製作者や監督、脚本家編集者、撮影者などとしての修行(=模倣経験)がのちの私の子供などのドキュメンタリーの代表作やそのほかの秀作に活かされていくことになります。

 

 

 

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