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某大俳優人気の証拠写真の大黒座 戦後通産映画監督本数ベスト5巨匠

 

 

映画を極めろ一直線女子 建設101年映画館 大黒座のおばあさんが語った唯一の映画俳優袋とじを公開いたしました。

 

 

 

今回は「某大俳優人気の証拠写真の大黒座 戦後通産映画監督本数ベスト5巨匠」と題して展開していきます。

 

 

 

 

 

 

伝説の黄金期観客動員1位会社への貢献とあの忠臣蔵映画と名コンビ

 

 

 

上記のオモテ記事のリンクからの流れですが、原健作と片岡千恵蔵と原健作の共演作は115作以上が確認できます。二人の共演した多数ある国民的有名題材の一つが忠臣蔵です。

 

二人の共演の忠臣蔵の12作の中に『血槍無双』という映画作品があります。監督は佐々木康、彼は戦前の松竹映画の現代劇路線、歌謡映画の形成や戦後までの牽引に多大な貢献を果たし観客的にも大成功、1950年代前半からは東映映画に移籍に観客動員1位の連続に大きくしました。まさに日本映画の黄金期にそのものへも貢献しています。

 

東映の1950年代の黄金期に松田定次に次いで、1950年代に水戸黄門、曽我兄弟、天保水滸伝題材の侠客ものなどの1000万人級のメガヒットや500万人級の観客動員の大ヒット作を多く残した側面を持つ巨匠です。

 

 佐々木康と片岡千恵蔵は時代劇と現代劇を合わせて20本以上の名コンビを形成しました。1959年公開の『血槍無双』(忠臣蔵映画)もこのコンビの代表的1本ですが、大黒座に写真が残されている作品(WIKIにもあり)で、子供たちがこの映画を観るのために行列で並んでいる様子が写真に収められています。

 

この1959年は日本映画全体の年間で12億人近い歴代最多観客動員を記録、東映映画も歴代最多の観客動員数を記録した記念すべきに日本映画の伝説の年であり、この国民的な繁栄や千恵蔵人気を証言する証拠の写真ともいえます。

 

ちなみに東映チャンネルのインタビュー番組で巨匠中島貞夫東映映画も歴代最多の観客動員数のことを話しています。

 

 

 

 

 某大俳優大人気と100年映画館大黒座の意外なつながり 幅広い人気の証拠を示す写真と槍の玄蕃

 

 

 

片岡千恵蔵の戦前は前衛路線や娯楽路線、有名題材、原作物の多彩な路線で大きく当てたことから男性と女性、文化人にバランスの良い高い人気を誇りました。

 

千恵蔵のライバルの戦前の長谷川一夫は、特に芸名の林長二郎の松竹専属時代は女性人気がもっとも高くブロマイド売り上げに影響、全盛期のジャニーズ以上、阪東妻三郎は男性人気の異様の高さから熱狂的時代劇ファンを生み出し、嵐寛寿郎は子供中心の大ブームを作り、鞍馬天狗シリーズで子供たちのヒーローとなったため、天狗のおじさん、アラカンさんなどの愛称を生み出しました。

 

片岡千恵蔵の戦後は時代劇で男性や文化人の人気を維持、高まる一方で、現代劇「金田一耕助シリーズ」や「多羅尾伴内シリーズ」や通称「ギャングシリーズ」の大ヒット作を数十連発、現代劇だけでも軽く数千万人を動員したことから子供たちにも高い人気を博した大俳優でした。

 

大黒座の子供たちがこの映画を観るのために行列で並んでいる様子は片岡千恵蔵が現代劇映画から時代劇映画へ子供たちの興味を持たせ、現実に観客を連れ込んだ真実の功績を物語っています。

 

文化人、女性や男性のみだけでなく、幅広く支持を集め、現代劇映画から時代劇映画にまで子供たちを呼び込んでいた証拠が100周年を迎えた大黒座にあったということになります。女性だけ男性だけ、子供など偏った強い人気がよりも幅広く高い人気があるほうが個人的には上、優れたことだと考えています。

 

 

 

 

映画プレスシート 千恵蔵 橋蔵「血槍無双」

映画プレスシート 千恵蔵 橋蔵「血槍無双」

 

上記は『血槍無双』のプレスシート、事実上のプログラム(パンフレット)です。 片岡千恵蔵赤穂浪士に協力した話が作られた槍の名手の俵星玄蕃(槍の玄蕃)を演じ、大川橋蔵赤穂浪士の一人となる杉野十平次(別名・杉野次房)と国民的スター、ベテランと若手の2名による事実上のダブル主演を飾りました。

 

俵星玄蕃=読み・たわらぼしげんば

 

 

 

 

戦後通産映画監督本数ベスト5の佐々木康と巨匠たち

 

 

『血槍無双』の監督の巨匠佐々木康にも迫ります。映画監督数は日本映画史上上位の170作強を越しています。この順位は戦前も含めて日本映画歴代8位の大記録です。オリジナル以外の現存作や断片、総集編などを含めると松田定次(通産映画監督数175作ほど)に次ぐに歴代9位と順位が落ちてしまいますが、下記の様に戦後の監督数のみでも上位を大記録です。

 

 

 

戦後通産映画監督本数のベスト5

1位 渡辺邦男 143本 新東宝東映(東横含む)、東宝大映、松竹
2位 マキノ雅弘 120本 東映東宝、日活、松竹
3位 佐々木康 113本 東映、松竹
4位 小沢茂弘 112本 東映のみ
5位 松田定次 107本 東映大映

 

*新東宝東映などの部分は左から戦後の監督数の多い会社順 会社ごとの5作以上のみ表記

 

 

少しそれますが渡辺邦男、戦後だけにおいても日活以外の大手6社中(形成順=日活、松竹、東宝大映東映、新東宝)の5社で監督数10以上の二桁を記録の大快挙戦後の日本映画や海外も含めた映画界の大記録(海外にも戦後大手5社で二桁はいない)、佐々木康も十分に物凄いわけですが、渡辺邦男がいかに評価されていたのかを物語る記録の一端です。

言うまでもありませんが、当時の非常に社風が異なった時代の映画界において、多彩な会社で活躍することは非常に優れた人物、映画監督を表しています。多彩にありますが、監督に評価の一つです。

 

 

佐々木康はこのめちゃくちゃな強力者の中で戦後の歴代3位を記録しています。1位の渡辺邦男は時代劇と現代劇の両輪で戦前戦後通じて長年ヒット作を膨大に撮り続け、早撮りの名手、東映任侠映画形成監督で明朗歌謡時代劇でも活躍した巨匠沢島忠の生前の談によるとその絶大な権威から映画界の天皇とも言われた娯楽の大巨匠です。

 

ちなみに戦後の東宝映画の時代劇ナンバーワン監督の稲垣浩天皇と呼ばれていたと証言しています。映画界の東と西の方角別に例えられて天皇は2人いたといいます。

 

2位のマキノ雅弘は当時最長の45年以上の長期間で質が高い作品や多くのヒット作を残し続け、戦前戦後通じて現代劇と時代劇の両輪で大活躍、渡辺邦男と双璧とも言われた歴代トップの早撮りの名手、俳優、監督、録音、製作の4役大活躍し幅広い多様性、特に監督の名作は軽く70作以上、現代的な時代劇作品や独自な演技や間合い、畳み掛ける展開を形成した個性的な映画を得意とした大巨匠に次ぐ、佐々木康の3位は大記録です。

 

2018時点で現役の大ベテラン監督の中島貞夫はインタビュー番組で助監督経験があるマキノ雅弘へ敬意や尊敬、師匠であるという想いなどをこめてオヤジと呼んでいます。

 

このベスト5の5名ともがテレビやマスコミが何故かきちんと伝える機会が少ない伝説の映画巨匠たちの一部です。

 

 

 

 

 

 

愛称ずーさんが現代の東映コンテンツや日本のコンテンツへ影響

 

 

 

 

佐々木康の性格は映画関係者やテレビ関係者に親しみ系の愛嬌がある人物だったようで、ずーさんやズーさんなどという愛称が残されていますが、このような愛称の監督はそれほど多くは存在していません。

 

佐々木康は映画だけではなく、大川橋蔵主演の連続888話のギネス記録の「銭形平次」などにおいて、東映のテレビ時代劇に定着や形成にも大御所的立場で関与し、多くの監督などの後輩の指導や育成にも貢献しました。

 

長期物、シリーズ路線はジャンルを飛び越えて現在の東映の刑事物、特撮やアニメなど、東映以外も含めて現代の流れにも多少な影響を与えているといえるでしょう。

 

 

 

 

 

銭形平次 [DVD]

銭形平次 [DVD]

 

当時としては珍しいしほぼなかった同じ俳優が主演のテレビドラマ銭形平次の映画版の『銭形平次(1967)』です。監督は佐々木康の後輩の一人の 山内鉄也です。

 

 

 

 

そよかぜ』のNHKドキュメンタリーに秘められた貴重な巨匠たちの顔ぶれ

 

 

 

佐々木康は1980年代製作の戦争関連のNHKドキュメンタリー番組に長年連れ添った奥さんと出演していたのをアーカイブ放送で視聴したことがあります。これがかなりインパクトの強いものでした。

 

佐々木康の出演理由として戦後最初の日本映画、松竹映画『そよかぜ』(終戦から約2ヵ月後の1945年10月公開)を監督したことから戦争関連の映画製作者の証言者として登場しています。言うまでもありませんが、現代の映画監督は当たり前のようにテレビや映像出演しますが、当時の映画監督がテレビ番組に出演すること自体が少なめでした。

 

 

ちなみのこのNHKドキュメンタリーは、佐々木康のほかにも吉村公三郎木下恵介黒澤明なども戦争と映画の関わりの証言者として出演しています。

 

黒澤明は当時の映画監督の中でテレビにもっとも出演した、出たがりでもあった、事実上の日本で最初の電通の映画監督でしたが、佐々木康、吉村公三郎木下恵介の自分自身が出演したテレビ出演は非常に少なく、顔や姿、考え方の一端、映画と戦争などの証言が確認できる貴重な資料です。

 

 

ちなみに片岡千恵蔵は戦後ベスト5の1位の渡辺邦男、2位のマキノ雅弘、3位の佐々木康、4位の小沢茂弘、5位の松田定次の上位5名中、5名の巨匠で成功を収めています。これは日本映画歴代でただ一人の大記録、大実積の一つです。

 

 

 

 

 


『小さな町の小さな映画館』の上映数と海外上映の可能性

 

 


もう一度最初の戻りますが、ドキュメンタリー映画『小さな町の小さな映画館』は確認できる限りでは2019の4月までに計51回上映されています。監督の森田恵子もトークショーなどでいくつか参加しています。

 

記念すべき最初の『小さな町の小さな映画館』の上映は2011.2.5(土) ~2.18(金) にかけて舞台となった大黒座で上映され、2011.2.5が最初だとわかり、沖縄以外の地域で全国的に上映されています。

 

沖縄でも上映されています。ホームページの地図表記に沖縄がないだけで、”沖縄県宜野湾市のふてんま映画祭”で『小さな町の小さな映画館』が上映されていました。正確にはほぼ全国的といえます。損の理由は東北地方では上映が少なく、岩手県宮古市みやこシネマリーンのみの上映だからです。大黒座では通算4度の期間に分けて上映され、もっとも最近は2019.3.23(土) に上映されました。

 

 

さらに『小さな町の小さな映画館』は海外でも上映していただきたい気持ちがあります。海外の人にも日本人と映画の歩みの一端が伝わるはずだからです。ですが、さすがに字幕が必要です。

 

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血槍無双 [VHS]

 血槍無双 [VHS]

 

 

 上記は『血槍無双』のVHS、個人的にはCS放送のハイビジョン版をブルーレイディスクへ録画済です。まだ観ぬ方々のためにDVDなどの高画質で商品化されることを祈ります。