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『足軽浪士』4役躍動の宮本武蔵と女性脚本家の女性の草分け 『血槍富士』雄叫び誕生にツキガタの形有

 

足軽浪士』4役躍動の宮本武蔵と女性脚本家の女性の草分け 『血槍富士』雄叫び誕生にツキガタの形有

 

 

表側記事、映画を極めろ一直線女子 驚愕左翼コラボ実在 村田実&黒澤明のマクシム・ゴーリキー原作映画類似点を公開いたしました。今回も斬新な切り口で迫っています。表とこの記事は内容に直接な関係ありません。

 

 

 

 

 

 

今回記事は、下記の滝沢英輔に関して取り上げた下記ウラ記事の空気的な流れを受けています。

ura-michi-bayari.hateblo.jp

 
「歴代日本映画史を揺る覆す謎のポスター登場」では滝沢英輔についても取り上げていますが、この滝沢英輔片岡千恵蔵に遠山の金さん映画を監督していた可能性が浮上、実はこの時期に千恵蔵と”いくつかの意味ある関わり”があった名匠で、名映画製作者、名映画人が今回のメインともいえる人物です。

 

 

 

 

足軽浪士』の4役活動の時代劇の名匠

 

 


1929年4月の『足軽浪士』(千恵蔵は弥次伝右衛門役)監督は松竹から千恵プロへ出向、当時の映画監督は映画会社の専属が基本のため、事実上のレンタルしていた井上金太郎、戦前中心の時代劇映画の名匠の一人です。

 

井上金太郎は、のちの千恵蔵主演の数多い名作の一つ、1955年『血槍富士』(東映)の原作者でも有名、『血槍富士』は1927年の千恵蔵映画の100作近い映画名助演俳優としても知られ、

 

歴代ナンバーワンの呼び声が高い上位助演俳優(主演以外でメインキャストが世界歴代でもっとも多い俳優)の月形龍之介が主演した「道中悲記」の高評価の道中物時代劇(道中物は股旅物時代劇とも言われるが、多少の違いがあるようで、道中物は道中のみで完結が多く、股旅物は旅の道中のみではない物も多くある)が元作、仕える主人の槍持ちという当時存在した職業の男を主人公とし、道中悲記=道中の悲しい記録を描いています。

 

月形龍之介(つきがたりゅううのすけ)は戦前の主演俳優の中心活動時期(戦前主演映画90作ほど、ちなみに戦後主演映画20強)は、姓の月形を愛称と関連付けて、ツキガタとカタカナで書かれることもありました。この記事のタイトルの「~ツキガタの形有」のツキガタと月形の形の部分からダブルで拝借しています。

 

 

 

井上は通産映画監督数100作強(約9割が時代劇、時代劇映画監督数の歴代上位本数)、脚本70作以上、原作40作ほどの時代劇の名匠、

脚本と原作の大半が、井上の別名義の秋篠珊次郎の名義です。彼が手掛けた時代劇映画の脚本や原作の評価が高く、多彩な才能を持つ人物でした。

 

 

 

血槍富士 [DVD]

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霊峰に轟け千恵蔵の雄叫び!とフレーズがあります。記事題の雄叫び部分はここから拝借しています。

 

オープニング曲の不協和音と違和感の絡めは前衛と保守要素、傾向映画、人生賛歌など複雑さを連想させ、非常に素晴らしい内容、代表映画が非常に少ない音楽家杉太一郎の数少ない会心の代表曲です。・

 

 

 

 

名匠井上金太郎と大巨星片岡千恵蔵 千恵蔵最初の宮本武蔵

 

 

名匠井上金太郎と大巨星片岡千恵蔵は監督としての直接の関わりだと通算3作が存在しています。1955年『血槍富士』は原作者としての関わりであり、井上と千恵蔵の千恵蔵映画の事実上4本目ともいえます。

 

千恵蔵は監督と歴代最多成功数、また30名近い名匠や巨匠との関わりがありましたが、井上とは実に平均寿命が短い時代の1929~1955年の26年にわたる長期間です。

 

千恵蔵は『血槍富士』で槍持ちを演じていますが、戦前の井上との関わり(思い出という槍)を背負っていました。この事実を知ると更に深い見方ができる様になります。ここからは千恵蔵と井上の3作に迫ります。

 

 


1929年4月『足軽浪士』 制作=千恵プロ 配給=松竹 井上は監督のみ 千恵蔵と松竹映画との数少ない具体的な関与が残されている主演映画、千恵蔵は戦後にも1本の松竹映画に主演しています。

1929年7月『火陣』 千恵蔵が纏持ちのめ組の辰五郎を演じた火消し(現在の消防士)の活躍を描く時代劇 制作=千恵プロ 配給=日活 井上は監督、秋篠名義で脚本と原作の3役 *千恵蔵はこの映画を最初として”纏持ち役”=”火消し役”を44年にわたって最低4度は演じています。これも知られざる実積のひとつです。また、”千恵プロと日活の”合同出演”の提携第1回作品です。

1929年10月『宮本武蔵(1929)』 宮本武蔵は千恵蔵の30作近い忠臣蔵、20作の遠山の金さん、11作の多羅尾伴内、23本のギャング映画などの多くある当たり役の一つ、彼の宮本武蔵映画は通産15作(歴代最多)、1929~1957年の28年(歴代最長)の記念すべき1作目 制作=千恵プロ 配給=日活

 

 

 

1929年7月『火陣』も意味がある作品で、千恵プロと日活の”合同出演”の提携第1回作品(これはwww.nikkatsu.comの日活の作品ページにもあります)、これは配給の提携関係とは異なるものです。千恵プロと日活の俳優同士の合同の出演という意味です。

 

千恵プロ映画の日活による配給の提携関係は『火陣』の数本前の1929年5月『相馬大作 武道活殺の巻』(相馬大作、水戸中納言の2役)が最初です。この映画も秀作といわれ、のちの自身によるリメイク作が制作されています。『火陣』は日活配給の記念すべき最初の映画という意味だけでも千恵蔵の代表的な意味を持つ一本です。

 

 

井上と千恵蔵の『宮本武蔵(1929)』は互いの代表的なものと考えて良いでしょう。のちの時代劇二大巨匠の伊藤大輔稲垣浩と千恵蔵のコンビの1930年代から1940年代に大ヒットした宮本武蔵映画や、戦後の三船敏郎中村錦之介など宮本武蔵映画、通産数十名にわたる俳優が演じたテレビドラマなどの映像作品などへつながっていきます。

 

 

 

 

相馬大作と津軽頼母 (徳間文庫)

相馬大作と津軽頼母 (徳間文庫)

 

股旅物の形成者の大作家長谷川伸相馬大作を題材にした時代小説を書き、その題材も映画化されています。

 

 

長谷川伸全集〈第7巻〉 (1971年)相楽総三とその同志 相馬大作と津軽頼母

 

 

 

 

日本の女性脚本家の草分け 深い縁の松之助とアラカン

 

宮本武蔵(1929)』の原作と脚本は戦前に日活中心に活動した女性作家の一人の林義子(はやしよしこ)です。日本の女性脚本家の女性の草分け(松竹の水島あやめと並ぶともあるが、水島のほうが本数や年数、代表作が多い)、脚本と原作の両方を担当した女性の草分けです。戦後の大きな代表作を多数持つ、田中澄江水木洋子などへつながっていきます。

 

林義子は尾上松之助の1925年の『鞍馬天狗 第一篇』や谷崎十郎の1926年『孔雀の光 第一篇』(2編含むと2作)の3作を任されているため、最低限の評価と期待はされていたようですが、『宮本武蔵(1929)』までに留まり、通産の大きな活躍までは至っていません。

 

鞍馬天狗は1927年から嵐寛寿郎(開始当時は嵐長三郎名義)で戦後まで40作を越す突き抜けたロングランを記録に影響を得ていますし、宮本武蔵に関しても後の流れにつながる面で『宮本武蔵(1929)』の原作と脚本は重要な意味があったといえます。嵐寛寿郎がマキノプロダクションで主演俳優としてデビューしたとき、自分でやりたい題材を選べといわれて、選んだのが林義子が脚本をしたことのある鞍馬天狗だったというエピソードも有名です。

 

林は通産で脚本と原作をそれぞれ10作ほど、1924~1930年の約6年ほどの活動で姿を消しています。

 

 

 

 

 

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