映画を極めろ一直線女子の究極裏道

映画愛子「映画を極めろ一直線女子」の裏話ブログ こぼれ話や感想の究極裏道を目標に展開

映画女優入江たか子の絶頂 大星の片岡千恵蔵と田中絹代 巨匠溝口健二と交遊

 

 

 

映画を極めろ一直線女子 忠臣蔵と共に駆け抜けた歴代2大巨星の幾重交わり歴戦を公開しました。

 

 

今回は裏通りは表とは異なって前回の流れを受けています。

 


片岡源五衛門 伊籐大輔 吉川英治 二刀流開眼 千恵蔵の忠臣蔵映画 月形龍之介 千恵蔵の宮本武蔵 宍戸梅軒 内田吐夢 真剣勝負 三國連太郎 宮本武蔵 金剛院の決闘 忠魂義烈 実録忠臣蔵 実録忠臣蔵 忠臣蔵 天の巻 地の巻 原惣右衛門 小林平八郎 月形哲之介 浅野内匠頭 大石内蔵助 赤穂城 キングレコード 鏡五郎 堀部安兵衛/片岡源五衛門 片岡千恵蔵が主に登場しています。

 

 

前回の表ブログ ↓  ↓

mamasan7ok.blog.fc2.com上記のラストで取り上げていますが、実は片岡千恵蔵入江たか子はメインでの共演はこの映画1931『元禄十三年』が最初でした。

 

片岡千恵蔵入江たか子の出会い、大スター同士の純愛につながる日本の芸能界にとっても大きな意味がある作品がこの『元禄十三年』だったのです。共演自体は2作目だと考えられます。二人の最初の共演作はオールスター『日活オンパレード』(1930)または『一九三一年日活オンパレード』のタイトルでも残されている映画が最初でした。

 

 

 

映画女優 (1957年)

映画女優 (1957年)

 

 

 

 

戦前を代表する映画女優入江たか子とは

 

入江たか子は明治時代の華族の家に生まれて容姿に恵まれ、1928年にのちの巨匠の内田吐夢にスカウトされて映画デビューし、映画で通産170作以上出演し、遺作の1998年までの間に活動、戦前の現代劇の日活に大きく貢献、華族出身の美貌と品格を持ち味とした面を持つ女優です。

 

特に戦前は映画に100作以上出演、通産の主演は50作ほど、主演含んだヒロイン数は90作に到達し、大きな功績を残しました。

 

 

 

 

入江たか子の大まかな代表作たち

 

 

代表作は日活時代に『激流(1928)』前後編、1929『生ける人形』、同年『東京行進曲』など、さらに日活を出て、自分の映画会社の入江ぷろだくしょんと新興キネマの提携で製作された1933『滝の白糸(1933)』と『新しき天』、1934『月よりの使者』、日活と提携した1935『明治一代女(1935)』、P.C.L.(のちの東宝)と提携した1937『良人の貞操』などの代表作があり、当時の日活、松竹に次ぐ、大手3社目ともいわれた新興キネマ(のちの大映を形成する1社)に大きく貢献。

 

入江ぷろだくしょんの製作映画本数は15作弱の小規模に留まりましたが、女優としては最初の映画会社であり、また製作本数の割には多くの代表作を残し、十分な成功を残しました。

 

 

Talking Silents 1「瀧の白糸」「東京行進曲」 [DVD]

入江たか子は巨匠・ 溝口健二の映画に8作出演しました。その後も何度も映画化される『滝の白糸(1933)』と『東京行進曲』にも出演しています。

 

 

 

入江たか子の映画会社「入江ぷろだくしょん」における溝口健二の監督作

1932『満蒙建国の黎明』  入江プロ=中野プロ 主演=入江たか子、中野英治
1933『滝の白糸(1933)』  入江プロ  主演=入江たか子 相手役=岡田時彦1934『神風連』  入江プロ  主演=入江たか子 相手役=月形龍之介

 

 

*中野英治=現代劇で1920年代から1930年代にかけて特にサイレント期に人気を誇った現代劇スター

 

 

中野プロは実際には存在せずに中野英治の映画会社の名前だけ貸したといわれている。映画の宣伝も含まれていたと考えられる。

 

『滝の白糸』は1915年にも映像化されているがヒットまで至らず、入江たか子による『滝の白糸(1933)』が初のヒットとなった。

 

 

 

 

前回記事リンク  ↓  ↓

eiga-ityokusen-jyosi-tubuyaki.hatenablog.com

 

 

日本映画歴代を代表する映画女優田中絹代と競り合った栄光

 

 

入江たか子は1930年代のトップ映画女優であり、1930年代は松竹の田中絹代と競り合い、戦後を含めた通産では田中絹代が上回ったといわざる得ませんが、戦前においては入江たか子の方が部分的に上回った面がありました。それほど活躍した伝説的な女優の一人です。

 

女優のブロマイド売り上げでは入江たか子が1位、田中絹代が2位になった年があったエピードも有名です。

 

入江たか子のもっとも大きな功績が映画会社といえるでしょう。人気がそこそこ上昇したときに日活を飛び出して、自分の映画会社の「入江ぷろだくしょん」が成功したことは、田中絹代ができなかった大きな功績であり、入江ぷろだくしょんの成功によって、入江たか子は人気の絶頂を迎えました。

 

この入江ぷろだくしょんは実兄である東坊城恭長(ひがしぼうじょうやすなが)も創立に関与していたといわれています。

 

入江たか子はと田中絹代の二人は別会社や異なる活動環境でありながら競り合い、1930年代を代表する人気の2大女優ともいえる存在でした。現在へもある程度の空気的な影響が存在しています。たとえば原節子入江たか子の流れを大きく受けた女優だと考えています。

 

 

 

ある映画監督の生涯 溝口健二の記録 [レンタル落ち]

ある映画監督の生涯 溝口健二の記録 監督・新藤兼人

 

 

『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』は田中絹代 入江たか子 山田五十鈴  木暮実千代 京マチ子 香川京子 若尾文子 山路ふみ子 乙羽信子 森赫子 中野英治など豪華俳優が証言、溝口健二の映画とゆかりがある人物たちが続々出演。情優たちの演技ではない肉声が聞ける、見られる映画としても大きな価値がある映画です。このドキュメンタリー映画は1975年に公開されました。映画愛子もだいぶ昔に視聴していますが、この時代としては斬新な内容でした。