映画を極めろ一直線女子の究極裏道

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最大ライバルのヒロインが出演する破天荒や敵の身内も取り込む荒業

 

 

 

最大ライバルのヒロインが出演する破天荒や敵の身内も取り込む荒業

 

 

 

 

 

今回の記事は、下記のリンク先に収まらなかった部分を記事として展開しています。

 

チワワドラのテレビドラマ愛好世界 芸能高額年俸が報ずる先輩男の背中を追う後輩女 二大刺青からアメリカの顔VS七つの顔

 

 

400本の9割主演の片岡千恵蔵、映画のみで710本ほどの香川良介、450本以上の大名助演俳優の志村喬と原健作、300本の瀬川路三郎、250本以上の松本泰輔、6名の大名優が出演、なんと映画250本以上の大名優は6名

 

外国に1本もありません。

 

 

 

 

 

刺青奇偶(1936) 出演の主な名優たち ライバルのヒロインが出演する破天荒 6大名優と活躍2女優

 

 


千早晶子は基準ともいえる100本は越していないが名優といえる活躍と判断、滝沢静子は千恵プロに22本(現存含むと約30本)出演の助演女優、千恵プロの名作に10本以上も出演、90本を越す映画出演(10番手前後が多い)、事実以上の名優、100は越していませんが、彼女も妻役や母親役を多く演じました。

 

千恵蔵との戦前の良縁から、戦後は東映の前身の東横映画の初代金田一耕助シリーズのヒット作「獄門島」(総集編、前後作で4本とも、千恵蔵主演)にも出演しています。


千早晶子は林長二郎(のちの長谷川一夫)のヒロインや助演を多く務めたことで知られる名女優です。

 

松竹時代劇中心に、90本を越す映画、林長二郎との狂犬だけで代表作は20本ほどになります。林長二郎のヒロイン女優がライバルの千恵蔵映画に出演するという破天荒の実現、当時の活動の中心は松竹の衣笠貞之助が、千恵プロ映画で脚本を書いていることから、千早晶子の出演が決まった部分があると考えられます。

 

松本泰輔は1895年生まれ、阪東妻三郎大河内傳次郎よりも4、5歳年上です。川上音二郎一座を経て、映画名優の山本嘉一を座長とする舞台の傑作座、1923年に帝国キネマの幹部俳優、主演俳優としても代表作10本ほどの活躍、戦前の日本映画界(長編系)の当時上位の260本以上の映画に出演しています。

 

左翼的な映画でも知られる名匠の賀古残夢や、時代劇の父こと巨匠伊藤大輔に15年間で8本出演、器用されることの巨匠に評価されています。また1930年代の助演時代は、千恵プロやバンツマプロ、おたかさんこと戦前の日本映画を代表する女優の一人の入江たか子の入江プロへ、高待遇の助演で招かれるなどの評価を受けています。

 

 

 

戦前のみで映画250本名優の松本泰輔と水戸黄門映画

 

 

 

一座を持つ座長俳優として舞台活動、6度演じ主演4本の水戸黄門(1928~1934)は映画主演の代表的な役です。また多くの重鎮が演じる役柄(徳川家康3本、大久保彦左衛門2本、3番手で大石内蔵助など)を多数演じています。

 

水戸黄門水戸黄門漫遊記)は多くの名優が当たり役や代表的な役柄にしています、戦前映画は短編系15回近く演じた尾上松之助、戦後映画は長編と中篇14本で数千万人動員の月形龍之介

 

テレビドラマは視聴率40パーセント記録の東野英治郎がもっとも当たり役としました、尾上松之助から本数は落ちますが、松本泰輔のほかにも山本嘉一や井上正夫など、代表的な役柄にしています、だから重要な題材だといえる一つの理由です。

 

 

 

 

世界的伝説の映画製作会社にも出演 矢野武男と阪東国太郎

 

 

 

 

矢野武男は、片岡千恵蔵の世界的伝説の映画製作会社の千恵プロの助演の専属俳優、千恵プロ2本目の「放浪三昧」から確認出来ます。千恵プロの代表的「宮本武蔵国定忠治国士無双、闇討渡世、堀田隼人、雁太郎街道、斬風三尺剣、初祝鼠小僧、赤西蠣太瞼の母(1936)」などの30本以上に出演トータル60本以上の映画にしています。

 

 

比較的存在感を残し、トータルの出演本数は少なめですが、2本の1本の高い的中率高さから名優に該当するかもしれません。

 

 

阪東国太郎は東亜キネマの嵐寛寿郎の主演映画や、羅門光三郎の「南国太平記」など、助演俳優としてデビュー、千恵プロに現存含むと30本近くへ出演、70本を越す映画、1934年から千恵プロ専属、

 

千恵蔵に拾われた俳優、1937年から日活に継続入社の評価を受け、1939年に遺作、その後、映画引退、消息は不明、活躍はしましたが、名優といえるか微妙な俳優です。

 

 

 

謎多き母親役女優の伊藤すゑ 大石内蔵助の母の堂も演じる

 

 

 

伊藤すゑは日活中心の母親役女優です。

 

1925~1936の10年間で映画出演は30本ほど、この映画の半太郎の母を含む、母親役を映画20本ほど演じています。年齢は比較的高めだったことが考えられ、老婆役も複数演じています。大きな記録はありませんが、トータルの活動は京都周辺の舞台女優だったと考えられます。

 

 

また刺青奇偶(1936)と同じ千恵プロだと、1930年の「一心太助」では母親のお弓を演じています。千恵プロと提携の日活ルートで千恵プロの出演が実現したといえ、大河内傳次郎(大石)と千恵蔵(浅野)のダブル主演の伝説の超大作の忠臣蔵映画『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』(1930)で、大石内蔵助の母の堂を演じています。この映画は国立映画アーカイブ所蔵の1分の断片のみが現存しています、

 

 

 

「最大ライバルのヒロインが出演する破天荒や敵の身内も取り込む荒業」の最後に

 

 

 

 

瀬川路三郎や原健作は、前回記事(チワワドラのテレビドラマ愛好世界映画を極めろ一直線女子などでも何度か取り上げているため、ここは省きます。のちの大名優の志村喬も脇役で出演、この人は説明はいらないでしょう。

 

特に日活や東宝で膨大な名作本数に出演、映画450本以上、テレビドラマでも存在感を残しました。実は志村喬は千恵蔵映画やバンツマ、アラカンなどの日活映画の名作など、時代劇の映画の助演の評価のおかげが強く、戦後の黒澤明などの多くの巨匠の作品に多数出演できています。

 

 

これをマスコミは切り取りで無視するため、知らない方も多数いるかと思いますが、これが現実です。